ノート:韓非
貝塚茂樹について貝塚茂樹が「韓非が荀子の弟子であることを否定的に見たこと」を記述するかどうかの議論がおこなわれ、結果貝塚茂樹の見解自体は記述されることとなりました。詳しい議論内容は上の過去ログを参照ください。--Kanbun 2006年11月16日 (木) 16:07 (UTC) 研究史的観点?について脚注1の貝塚説を消したがっている人が多いようです。別に私も貝塚の説が正しいと主張するわけではありませんが、消すことは現状、中立的な観点から問題ではないかなと。研究史において貝塚や金谷のような見方が誤りであるというのが実証されているのであれば、話は別なのですが。最近誤解されることが多いので、もう一度強調しますが、これはあくまでウィキペディア的な意味ででして、学問的な意味ではないですし、私が貝塚説を支持しているわけではないですよ。とりあえず現在の記述が、潜在的に中立的でない可能性を考慮してテンプレ張っておきます。これはあくまで誰かがノートあるいは記事で研究史的な文献を示して、研究史的な記述も取り入れた、より中立的な記述になればなぁという考えからです。もちろんしばらく待って特に加筆や議論がないようでしたら、テンプレ剥がしますが。--Kanbun 2007年8月18日 (土) 16:52 (UTC) 議論の参考資料
--以上の署名のないコメントは、Kanbun(会話・投稿記録)さんが 2007年8月18日 (土) 16:57 (UTC) に投稿したものです(Kitimi(会話)による付記)。 ちなみにこのノートのログで、「貝塚説にこの記事で言及すること自体が中立的でない」とかいう意味不明な論を展開する人がいましたが、明らかにおかしい、方針文書を斜め読みしたような、そういう論理を展開するのだけは勘弁を。これについては参考資料に挙げた方針文書を読んで頂ければ一目瞭然と思いますので。--Kanbun 2007年8月18日 (土) 17:03 (UTC)
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