タンディ・センター地下鉄
タンディ・センター地下鉄(英語: Tandy Center Subway)は、かつてアメリカ合衆国のテキサス州フォートワースに存在した電化鉄道路線(地下鉄)。元は駐車場からの連絡用として商業施設を運営する事業者によって建設された路線で1963年に開通したが、利用客減少や沿線環境の変化により2002年に廃止された[1][3][4]。 概要タンディ・センター地下鉄のルーツは、1963年2月15日に開通したレオナルド・M&O地下鉄(Leonard M&O Subway)に遡る。開通当時、フォートワースのダウンタウン地区にはマーヴィン・レオナルド(Marvin Reonard)が1918年に創業した商業施設の"レオナルド・デパートメント・ストア"が存在しており、店舗拡張の際に建物から離れた場所に収容量5000台の大型駐車場が建設され、双方を結ぶ交通手段として選択されたのが鉄道であった。駐車場が開業した当初はバスによる連絡輸送が行われ、その間にマーヴィンは弟のオビー(Obie Reonard)らと共に鉄道建設に携わった[1][3]。 名称の"地下鉄"(Subway)の由来となったのは道路下を走る地下区間で、石灰岩を掘り下げる形で建設された。この区間を通った先にあるターミナル駅を含めて駅は5箇所に設置され、地上の4駅は駐車場と接続していた。車両は1962年までワシントンD.C.で使用されていたPCCカーを15両譲受し、気温が高いフォートワースに対応するため冷房装置が設置された後、大規模な車体更新も実施された。当時の名称の"M&O"は、マーヴィン(Marvin)とオビー(Obie)兄弟にちなんだものであった[1][3]。 フォートワース市長を招いた開通式ではオビーが金色のスパイクを枕木に打ち込み、デパートでは開通記念セールや音楽番組の生放送も実施された。だが、郊外のショッピングモールが発展するにつれてレオナルド・デパートメント・ストアの来客数は減少し、1967年にタンディ・コーポレーションへ売却された。その後建物は解体され、1974年に本社を兼ねた複合施設であるタンディ・センター(現:シティ・プレイス)が同地に完成し、地下鉄はタンディ・センター地下鉄に名称を変更した上で引き続き運行される事となった[1]。 以降はラジオシャックを始めとするタンディ・センター内の施設で働く従業員や、デパートの後継として設置されたショッピングモールやアイスリンクの利用客、更にフォートワース公共図書館への交通手段として長年使用された。だが1995年にショッピングモールが移転し、代わりに開店したアウトレットモールも閉店した事、ラジオシャックの本社移転も決定した結果、2002年8月30日をもってタンディ・センター地下鉄は廃止された[1]。 その後は駅舎や架線、線路など大半の施設施設は撤去され、トンネルも入口が封鎖された一方、2両の車両が保存された[1][3][5]。
ギャラリー関連項目
脚注注釈出典
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