セム祖語セム祖語(セムそご、Proto-Semitic)とは、セム語派に属する言語の祖語として推定される言語である。 セム祖語は、紀元前3000年代には既に存在していたと考えられ、これは印欧祖語と同じ時代にあたる。文献に残る最古のセム系民族はサルゴン大王で知られるアッカド人で、その記録はおよそ紀元前2350年ごろにさかのぼる。エブラ語の資料も同じくらい古い。ウガリット語は紀元前1400年ごろにさかのぼる。紀元前1800年頃に原シナイ文字で書かれたと推定される刻字はセム語の話者によるものともされるが未解読である。 原郷についてはカナン人、アラム人、アラビア人といった遊牧民の出自についての記録から、それをアラビア半島であるとする説や、セム語派が属するアフロ・アジア語族、特に近縁とされるエジプト語派の分布から、原セム人はアフリカの角からアラビア半島へ移住したとする説があるが、時代が古いため推論の域を脱していない。 伝統的な推定音セム祖語には29の子音が再構される。すべての子音は長子音にすることができる[1]。これに対して母音は *a *i *u の3つのみであり、いずれも長母音にすることができるが、長母音は開音節にのみ現れる。二重母音は音韻的には存在しないが、母音の後ろに子音 y / w が後続した形(*ay, *aw など)は、しばしば「二重母音」と呼ばれる。音節構造は単純で、CV, CV:, CVC の3種類しかなかったようである[2]。 サイハド語では29すべての子音の区別を保っているが、大部分の言語では複数の子音がひとつになり、たとえばアッカド語では18種類の子音しか区別されない[3]。 伝統的には以下のような音素をもつものとして再構されていた。下図ではセム語学で用いられる表記と、予想されるIPAでの表記をともに示す。
推定音価の改良伝統的な解釈は、とくに摩擦音と強勢音の音価推定に関して難があり、これを改良するためのいくつかの案が提唱されている[4]。ただし、すべての学者がこれらの案に同意しているわけではない。
娘言語との音韻変化法則祖語の音韻体系は、セム語派の諸言語間における規則的な音素の対応を見出す目的で再建された。下表は各言語での対応する音素の一覧である。
文法セム祖語は屈折語であった。名詞や動詞は大部分がいくつかの子音(多くは3子音)からなる語根を基本とし、母音の種類やその他の手段(長子音化や短い接辞の付加)によるパターンによって文法的な範疇が示される[5]。 名詞には独立形と連語形があり、後者は名詞の属格または代名詞接尾辞が後続するときに使われる。また形容詞および動詞語根に代名詞主語の接語形を後続させることによって叙述用法として使うことができる。男性と女性の2つの性、単数・双数・複数の3つの数、主格・属格・対格の3つの格が区別される。対格形はまた副詞的な機能を果たす。なお複数形は北西セム語やアッカド語では語尾によって示されるが、それ以外の言語では語幹を変化させる。セム祖語にはこの両方が存在したと考えられる[6]。 代名詞は一人称・二人称・三人称、単数・双数・複数、男性・女性(一人称以外)の区別があり、また独立形と接語形(主格と斜格の2種類)がある[7]。 動詞は完了形と未完了形の2つのアスペクトがあり、前者は「接頭辞+C1C2VC3」の形で、後者は「接頭辞+C1aC2C2VC3」の形で表された。たとえば語根*n-θʼ-r(守る)は、完了形(三人称単数)で*yanθʼur「彼は守った」、未完了形で*yanaθʼθʼar「彼は守る」になる。動詞は人称・性・数によって異なる接頭辞・接尾辞が加えられる。動詞からは能動分詞(*naːθʼir「守る(者)」)、完了分詞(*naθʼur「守られた」)などが派生される[8]。 語幹の子音を重ねたり接頭辞を加えることで派生動詞を作ることができる。派生動詞は運動詞化、使役、他動詞性を高めるなどの機能を持つ[9]。 基本的な語順はおそらくVSO型だったと考えられる。ただしアッカド語はSOV型である[10]。 関連項目脚注
参考文献
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