ジギスムント・フォン・プロイセン (1864-1866)

ジギスムント・フォン・プロイセン
Sigismund von Preußen

全名 フランツ・フリードリヒ・ジギスムント
称号 プロイセン王子
敬称 殿下
出生 (1864-09-15) 1864年9月15日
プロイセンの旗 プロイセン王国ポツダム新宮殿
死去 (1866-06-18) 1866年6月18日(1歳没)
プロイセンの旗 プロイセン王国ポツダム、新宮殿
埋葬 プロイセンの旗 プロイセン王国ポツダム平和教会
家名 ホーエンツォレルン家
父親 プロイセン王太子フリードリヒ
(のちのドイツ皇帝フリードリヒ3世
母親 ヴィクトリア・フォン・ザクセン=コーブルク・ウント・ゴータ
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ジギスムント・フォン・プロイセンドイツ語: Sigismund von Preußen, 1864年9月15日 - 1866年6月18日)は、プロイセン王国の王族。全名はフランツ・フリードリヒ・ジギスムントFranz Friedrich Sigismund)。のちのドイツ皇帝フリードリヒ3世の三男。

生涯

ジギスムントは1864年9月15日、プロイセン王太子(当時)フリードリヒとその妃でイギリス女王ヴィクトリアの娘であるヴィクトリアの間に第4子として、ポツダム新宮殿で生まれた。母后ヴィクトリアはジギスムントは兄や姉よりも賢いと感じて将来を期待したが、1866年6月18日に生後21か月にして髄膜炎により新宮殿で死去した。これには当時プロイセンが普墺戦争の最中で、国王ヴィルヘルム1世(のちのドイツ皇帝)が医師をすべて召集していて満足な治療ができなかったせいでもあり、ヴィクトリアはひどく悲しんだという。

ジギスムントの墓所はポツダムの平和教会Friedenskirche)にある。