コーギス
コーギス(The Korgis)は、1980年のヒット・シングル「永遠の想い (Everybody's Got to Learn Sometime)」で主に知られるイギリスのポップ・バンド。バンドは元々、歌手/ギタリスト/キーボード奏者のアンディ・デイヴィス(アンディ・クレズウェル・デイヴィス、1949年8月10日生まれ)と、歌手/ベーシストのジェームス・ウォーレン(1951年8月25日生まれ)という、1970年代のバンドであるスタックリッジの元メンバーと、ヴァイオリニストのスチュアート・ゴードンと、キーボード奏者のフィル・ハリソンで構成されていた[1]。 略歴コーギスは、1979年3月初旬に彼らのマネージャーであるニック・ヒースとティム・ヒースが所有するレーベルであったリアルト・レコード (Rialto Records)から、最初のシングル「Young 'n' Russian」をリリースした。ドラマーのビル・バークスが短期的に参加し、次のシングル「とどかぬ想い (If I Had You)」がすぐにリリースされ、全英シングルチャートで13位にランクインした[2]。『トップ・オブ・ザ・ポップス』に出演し、1979年7月にグループ名を冠したデビュー・アルバム『The Korgis』(邦題『とどかぬ想い / 噂のコーギス』)リリースのプロモーションを行った[1]。 フォローアップ・シングルとなる「Young 'n' Russian」の再リリースと「I Just Can't Help It」は、チャートにおいて惨敗。しかし、2枚目のアルバム『永遠の想い』(Dumb Waiters、1980年)からの次のシングルが「永遠の想い (Everybody's Got to Learn Sometime)」(1980年)であり[1]、3か国でヒットし、イギリスでは5位[2]、アメリカでは18位、そしてオーストラリアでは11位に達した。このアルバムは1980年、イギリスでナンバー40に達し、シングル「If It's Alright With You Baby」「Rovers Return」が続いて発表された[1]。セカンド・アルバムとそこからのシングルをリリースしたことで得た商業的ブレイクスルーは、バンドを維持するのにに十分ではなく、デイヴィスがサード・アルバム『スティッキー・ジョージ』のレコーディング前にバンドを脱退した。多くの作詞作曲クレジットを持っていたにもかかわらず。『スティッキー・ジョージ』からのリード・シングル「That Was My Big Mistake」は、デイヴィスとウォーレンが別々の道を歩み出したことを示すため、「ジェームス・ウォーレン&コーギス」という名義でリリースされた。1980年の終わりまでに、ゴードンとハリソンもバンドを脱退。その後、バンドは、ギタリストのジョン・ベイカー、ドラマーのロイ・ドッズ、キーボーディストのマギー・スチュワートの参加によって補強された。このラインナップは、「Everybody's Got to Learn Sometime」とその後のシングルをヨーロッパのテレビやプロモーション出演で宣伝するために続けられた。翌年、バンドにはフルート奏者のスティーヴ・バックが加わり、最終的に実現できなかったもののコーギスによるライブが検討されたが、1982年にバンドは解散させられ、ウォーレンはソロ活動に入った。シングル「Don't Look Back」は、もともと『スティッキー・ジョージ』のセッションにおけるデモだったが、バグルス、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド、ダラー、イエスとの仕事で知られるトレヴァー・ホーンによってリミックスされ、1982年の夏にロンドンレコードから発表された。ホーンとの続くシングル「Endangered Species」が計画されたが、実現することはなかった。 ウォーレンは1986年に『バーニング・クエスチョンズ』というタイトルのソロ・アルバムを発表した[1]。この時代のシングルのいくつかは「コーギス」(本質的にこの期間中はウォーレンだけで構成された一人のバンド)名義でリリースされ、アンディ・デイヴィスによって共同でプロデュースされた。 バンドは1990年に再結成し、「Everybody's Got to Learn Sometime」を再録音した。ウォーレン、デイヴィス、ベイカーで構成される再編されたグループは、1992年にアルバム『フォー・エヴリワン』をリリースし、1993年に再び解散するまでに、ヨーロッパと日本において、ある程度の成功を収めた。 1999年にはエドセル・レコードによって3枚のオリジナル・コーギスのアルバムが再発され、続いてサンクチュアリ・レコード / キャッスル・コミュニケーションズによる2枚組のアンソロジー『ドント・ルック・バック〜ヴェリー・ベスト・オブ・ザ・コーギス』が2003年に発表された。 2005年、ウォーレン、デイヴィス、ベイカーは、DVD /コンピレーション・アルバム『コレクション (Kollection)』の撮影のために再会し、翌年にエンジェル・エアー・レコードというレーベルからリリースされた14曲入りのアルバム『Unplugged』を録音した。 2006年、コーギスは13年ぶりのシングル「Something About The Beatles」をリリースした。これは、Myspaceでも聴くことができた[3]。この曲は、遅ればせながらはっきりとジョン・レノンの影響を認めており、それはレノンの1970年代初期の作品がもつ幽玄な音をとらえた「とどかぬ想い」と「永遠の想い」からも非常に強く感じられたものである。バンドは、ジョン・レノンが殺害される直前、当時のインタビューでその影響を認めている。 元メンバーのスチュアート・ゴードンは、2014年8月28日に肺がんで亡くなった。63歳であった[4]。 スタックリッジが2014年にツアーを中断したとき。ウォーレンとデイヴィスは、2015年にコーギス名義でスタックリッジとまったく同じ5人編成のラインナップを使用してイギリス・ツアーを企画した。再編成されたスタックリッジは通常、ライブ・セットにコーギスの数曲を含んでいた。スタックリッジは2017年に解散し、フェアウェル・コンサートの録音が『ファイナル・バウ ブリストル2015』としてリリースされた。 2017年、ウォーレンは、古い仲間でギタリスト/アレンジャーのアル・スティールに後押しされ、ジェームス・ウォーレン・アンド・フレンズとしていくつかのライブ日程をこなした。これにはコーギスのセットが含まれ、コーギス・フィーチャリング・ジェームス・ウォーレンとしての最初のツアーへとつながった。最初のギグは、2018年8月のサンシャイン・フェスティバルで、スタックリッジからジョン・ベイカーとグレン・トミー(「Everybody's Got To Learn Sometime」のオリジナルでも演奏)、そして1990年代のツアー・バンドからアル・スティールが戻ってきた。2019年、バンドはリーズ、ショアハム、ブリストル、ロンドンの100クラブで演奏を行った。2020年のコロナウイルス感染症によるロックダウン中に、コーギスは約30年ぶりとなるニュー・アルバムの録音を開始した。これは『Kartoon World』というタイトルで企画され、2021年初頭にリリースされた。このアルバムには共通項があり、「コンセプト・アルバム」と呼ぶこともできる。2022年2月11日、彼らは再び100クラブで演奏を行い、新しいアルバムから多くの曲をフィーチャーした。 カバー・バージョン2004年9月、ズッケロとヴァネッサ・カールトンは、「Everybody's Got to Learn Sometime」のカバー・バージョンでフランスのチャートに登場し、一定の成功を収めた。同年、ベックもミシェル・ゴンドリーの映画『エターナル・サンシャイン』でこの曲をカバーした。2003年にはイレイジャーのカバー・アルバム『アザー・ピープルズ・ソングス』に収録された。 「Everybody's Got to Learn Sometime」の他のカバー・バージョンも、この曲を何年にもわたって全英シングルチャートに戻してきた。特筆すべきは、ドリーム・アカデミー(1987年)、YAZZ(1994年)、ベイビーD(1995年)、アーミー・オブ・ラバーズ(1995年)、ドイツのテクノデュオであるMarc et Claude(2000年)によるものである。1997年、ア・カペラ・グループのキングズ・シンガーズがジェームス・ウォーレンのリード・ボーカルでこの曲をレコーディングした。トレイシー・ウルマンとロッド・スチュワートは「If I Had You」をカバーした。ワイルドハーツのジンジャーは、1998年に「If I Had You」をライブで演奏しており、2枚組アルバム『Grievous Acoustic Behaviour (Live At The 12 Bar)』で聴くことができる。 ソビエトのシンセポップ/シンセウェイヴ・バンドのフォーラムも、「Falling Leaves」というタイトルでロシア語によるカバーをリリースした。一部の西側諸国で限定リリースされた他の多くの作品とは異なり、この録音はレーベル(アサイラム)またはバンドとの事前の合意なしに行われ、旧ソビエト連邦以外では事実上知られていない。 2005年、カナダのミュージシャンからレコード・レーベルの幹部に転向した、ブルズアイ・レコードのジェイミー・ヴァーノンは、「Everybody's Got to Learn Sometime」をフィーチャーした2枚目のソロ・アルバム『Time Enough at Last』をリリースした。 別の「Everybody's Got to Learn Sometime」のカバー・バージョンが、オランダのバンド、Krezipによって録音された。2008年、オランダのエレクトロ・ハウス・プロデューサーであるレイドバック・ルークは、「Everybody's Got to Learn Sometime」の海賊版リミックスをリリースした。また2008年には、グラスゴーを拠点とするバンドのグラスヴェガスがこの曲をカバーした。それは彼らのシングル「Geraldine」のB面としてだった。 2008年、ベックはロンドンのハイドパークで開催されたO2ワイヤレス・フェスティバルで「Everybody's Got to Learn Sometime」を演奏した。 The Fieldとして知られるスウェーデンのアーティストが、「Everybody's Got to Learn Sometime」のカバーを含むアルバム『Yesterday and Today』(2009年)をリリースした。 「Need your Lovin」と呼ばれるバージョンが、オリジナルのコーギスのトラックをサンプリングして、1992年にジャングル・プロデューサーのNRGにより作成され、これをもとにベイビーDが独自のバージョンを作成した。 2010年、ザ・コアーズのシャロン・コアーは、ソロ・アルバム『Dream Of You』で「Everybody's Got to Learn Sometime」のカバーをリリースした。 2011年、ニコラ・ロバーツは、ポップ・バンドのガールズ・アラウドが活動休止している間にリリースされた彼女のデビュー・アルバム『Cinderella's Eyes』にこの曲のカバー・バージョンを収録した。 メンバー現在のメンバー
旧メンバー
旧ツアー・ミュージシャン
ディスコグラフィアルバム
ライブ・アルバム
コンピレーション・アルバム
シングル
脚注
外部リンク |