クロリルイオン (英 : chloryl ion ) は、化学式 が ClO2 + と表される赤色のカチオン である。この多原子イオンは亜塩素酸イオン と同一の構造と化学式をもつが、塩素 の酸化数 は+3でなく+5である。2つの酸素 原子は中心の塩素原子を酸化 して二重結合 を形成し、さらに他の化学種が塩素を酸化してカチオンとなっている。塩素には1対の孤立電子対 がある。亜塩素酸イオンの場合は、塩素原子が一方の酸素原子と二重結合をつくり、もう一方の酸素原子とは単結合 している。ClO2 F や [ClO2 ][RuF6 ] などのクロリル化合物 はすべて反応性が高く、水 や多くの有機化合物 と反応する[ 1] [ 2] 。
構造
ClO2 + は二酸化硫黄 と等電子的 で[ 3] 、結合角 約120度の折れ線形 である。この結合の結合伸縮エネルギー は Cl-O 結合が二重結合性を帯びていることを示している[ 4] 。
ClO2 + の赤色は、電子 が反結合性軌道 に遷移することに起因している。SO2 の遷移は、光吸収スペクトルが可視光域でないため無色である。対イオン との相互作用の強さは、この反結合性軌道のエネルギーに影響を与える。それゆえ、無色のクロリル化合物では、結合のより高い共有性により、対イオンとの強い相互作用が光吸収スペクトルを可視光域の外側にシフトさせる[ 3] 。
化合物
クロリル化合物は大きく2種類に分けられる。1種類は無色で、フッ化クロリル ClO2 F などがある。これらは適度に反応性である。イオン性クロリル化合物のように名付けられるが、フッ化クロリルはフッ化物イオン とクロリルイオンのイオン性化合物 ではなく、共有結合性化合物 である。
もう1種類は、非常に反応性の高い赤色の化合物である。フルオロ硫酸クロリル ClO2 SO3 F や三硫酸クロリル (ClO2 )2 (S3 O10 ) などがある。これらの化合物はフルオロ硫酸 の赤色溶液中で解離した ClO2 + を含む。固相 では、ラマン分光法 や赤外分光法 で対イオンとの強い相互作用を示す[ 1] [ 3] 。固体のクロリル化合物のすべてが、必ずしもイオン性であるとは限らない。ClO2 F に BF3 と PF5 を反応させた生成物は真の塩ではなく、むしろ分子性付加物であるとされる[ 3] [ 4] 。
1つの注目すべきクロリル化合物は六酸化二塩素 (中国語 : 六氧化二氯 ) である。これは、より正確には過塩素酸クロリル [ClO2 ]+ [ClO4 ]− というイオン性化合物として存在する[ 5] 。これは標準状態 で赤色の発煙性液体 である。
クロリル化合物の多くは ClO2 F と強いルイス酸 の反応によって合成される[ 4] 。
ClO2 F + AsF5 → [ClO2 ][AsF6 ]
他のルートも可能である[ 4] 。
5 ClO2 + 3 AsF5 → 2 [ClO2 ][AsF6 ] + AsF3 O + 4 Cl2
Cl2 O4 + 2 SbF5 → [ClO2 ][SbF6 ] + SbF3 O + ClO3 F
強いルイス塩基 によってメタセシス反応 が起こることがある。例えば、ヘキサクロロ白金(V)酸クロリル とフッ化ニトロイル の反応ではニトロニウム塩 が生じる[ 4] 。
[ClO2 ][PtF6 ] + NO2 F → [NO2 ][PtF6 ] + ClO2 F
出典
^ a b Christe, Karl O.; Schack, Carl J.; Pilipovich, Donald; Sawodny, Wolfgang (1969). “Chloryl cation, ClO2+”. Inorganic Chemistry 8 (11): 2489–2494. doi :10.1021/ic50081a050 . ISSN 0020-1669 .
^ Bougon, Roland.; Cicha, Walter V.; Lance, Monique.; Meublat, Laurent.; Nierlich, Martine.; Vigner, Julien. (1991). “Preparation characterization and crystal structure of chloryl hexafluororuthenate(1-). Crystal structure of [ClF2]+[RuF6]-”. Inorganic Chemistry 30 (1): 102–109. doi :10.1021/ic00001a019 . ISSN 0020-1669 .
^ a b c d H. A. Carter; W. M. Johnson; F. Aubke (1969), “Chloryl compounds. Part II. Chloryl hexafluoroarsenate and chloryl fluoride” , Canadian Journal of Chemistry 47 (24): 4619–4625, http://article.pubs.nrc-cnrc.gc.ca/ppv/RPViewDoc?issn=1480-3291&volume=47&issue=24&startPage=4619
^ a b c d e K. O. Christe; C. J. Schack (1976), H. J. Emeléus, A. G. Sharpe, ed., Chlorine Oxyfluorides , Advances in inorganic chemistry and radiochemistry, Volume 18, Academic Press, pp. 356–358, ISBN 0120236184 , https://books.google.ca/books?hl=en&lr=&id=EWlBFTxYth4C&oi=fnd&pg=PA319&dq=chloryl+cation&ots=-jlVcXkz7a&sig=k5zbfE5SYGnLnSO1TXz40f7MJ1U#v=onepage&q=chloryl%20cation&f=false
^ Tobias, Klaus M.; Jansen, Martin (1986). “Crystal Structure of Cl2O6”. Angewandte Chemie International Edition in English 25 (11): 993–994. doi :10.1002/anie.198609931 . ISSN 0570-0833 .