カニムシ (蟹虫、擬蠍、英語 : pseudoscorpion , 学名 : Pseudoscorpiones )は、鋏角亜門 クモガタ綱 に分類される節足動物 の分類群 の一つ。分類学 上はカニムシ目 とされる。尾 のないサソリ に似た姿で、触肢 に大きな鋏 をもつ[ 1] 。ほとんどは数mm 程度以下の微小動物 である[ 2] 。世界最大と言われるthe giant pseudoscorpion(Garypus titanius )で体長12−15mm[ 3] 。日本のテナガカニムシは、オスが長大な触肢を持つが、体長は5mmほどである。
特徴
体は円筒形から楕円 形で、途中はくびれがない。全身の外形は、尾 のないサソリ を彷彿とさせる。4対の歩脚 と、最大の特徴である一対の鋏 型の触肢 をもつ。触肢は大きいものでは体長と同じくらいの長さがあり、先端近くには感覚毛が生えている。この触肢を前方に延ばしてそろそろと歩き、何かにぶつかると、触肢を体に引き付けて、すっ飛ぶように後退する。その姿が印象的なためか、「アトビサリ」等の別名がある。
中には口元の鋏角 から糸を出せるものがあり、それを用いて巣 を作る。
外部形態
カニムシの本体側面o : 側眼 、I: 鋏角 、II: 触肢 基節、III-VI: 歩脚 基節、prae-gen : 後体 第1節、1-11: 後体第2-12節、an : 肛門
体は大きく前体 (prosoma, または頭胸部 )と後体 (opisthosoma, または腹部 )という2つの合体節 に分れている。両者の間には、はっきりした境目はあるが、著しいくびれはない。他のクモガタ類 と同様、前体は鋏角 1対・触肢 1対・脚4対という計6対の付属肢 (関節肢 )をもつ[ 1] 。
前体はおおよそ長方形から三角形の背甲 (carapace, prosomal dorsal shield)に覆われる。その前方側面に眼 (側眼 lateral eye)がある。眼は単眼 で2対もしくは1対、無眼のものもある。腹面は触肢と脚の基部(基節 coxa)によって占められ、左右のそれが正中線で合わさっているため、その間には腹板 (sternite)がない[ 1] 。
カニムシの1種の正面。鋏角 を中央、触肢 を左右にもつ。
体の前端には鋏角 (chelicera)がある。鋏角は2節の鋏 型で[ 1] 、不動指は背面の内側、可動指は腹側の外側にある。大きさは様々で、ツチカニムシ類 では頭胸部とほとんど同長なくらいに大きいが、他のものでははるかに小さい。鋏角には紡績腺があるものが多いが、その位置は様々である。
触肢 (pedipalp)はよく発達で6節に分れ、本群のとても目立つ特徴となっている。基節は左右癒合して不動だが、転節(trochanter)以降は能動的で左右に広がり、前に折り曲げる。先端2節は大きな鋏(chela)をなし、基部節が掌部と背面の不動指、末端節が腹面の可動指となっている。この鋏には、長い感覚毛 があり、これを触角 のように用いると同時に、獲物を捕獲するのにも用いる。鋏の両指もしくは片方の指に毒腺 があり、捕えた獲物を麻痺させる[ 4] 。また、触肢は種類により性的二形 が見られ、例えばヤドリカニムシ科 の場合は雄の方が大きい[ 5] 。
鋏角 と触肢 の間に口 が開き、その背面は1枚の目立たない上唇 (labrum, 口上板/口上突起 epistome と上唇の複合体 epistomo-labral plate ともされる)、両腹面は触肢基節由来の1対の突起物(lateral lips)に覆われている[ 6] 。
触肢の後方には4対の脚(歩脚 walking leg)が配置する。第1-2脚は前を、第3-4脚は後ろを向く。その構造は第1-2脚、第3-4脚がそれぞれに似ていて、いずれも後方の方がよく発達している。脚の跗節(tarsus)は種類や番目により分節があったりなかったりするため、基節含めて計6節もしくは7節に分かれている[ 7] 。現生種の第3-4脚は、一見してクモガタ類として典型的な短い膝節(patella)をもたないが、古典的に「第1-2腿節」(femur 1-2, basi-telofemur)と呼ばれてきた第3-4肢節は、実際にはそれぞれ短縮した腿節と長大に特化した膝節と考えられる[ 8] 。一部の種類の第1-2脚、および基盤的 な化石 種においても第3-4肢節が典型的な腿節と膝節の構造を保っている[ 9] 。
後体はほぼ卵形で、付属肢はない。12節からなるが、最終体節は腹面に曲がって肛門 を囲んでいる[ 1] 。背面と腹面は、それぞれに独立した背板と腹板に覆われるが、それぞれが正中線で左右に分かれることが多い。生殖孔は腹面第2節の生殖口蓋(genital operculum)に開く[ 1] 。カニムシ科のオスは腹面の生殖口内に、一対の羊角包 ram's horn organs という突起を持ち、求愛行動の最中に体外にたびたび伸長させて求愛に用いる[ 10] 。
呼吸系
カニムシの気管系 A: 気門 周辺(上から第4脚基節・生殖口蓋・後体第3-4腹板 、腹板左右2対の粒が気門)、B: 気管
呼吸器 は気管系 からなり、その開口である2対の気門 は、後体 第3と第4節の両腹面に開く[ 1] 。
内部形態
消化系 は、口 から肛門 に至る消化管 であるが、その側面に伸びる腸腺が最も大きい。口の内側に咽頭 があり、そこから後方に細い食道が続く。その後方で左右に広がる腸腺がある。腸腺はキチン質の裏打ちがあって、左右に分かれて後方に伸び、さらに外側にいくつもの膨らみを持つ。後体の背板の下は、ほぼこの腸腺に占められる。この後方には、細い小腸が伸び、体内で一度折り返して前に伸び、さらにもう一度折り返して、肛門 に続く。
中枢神経系 は、前体に大きな集中部があり、これは食道 の前後で食道上神経塊と食道下神経塊からなる。
排出器 としては、基節腺 (coxal gland )、腎嚢 などがある。
生態
ガガンボ の脚を掴んで便乗するカニムシ
カニムシは、主として土の中に生息する土壌生物 である。やや大柄なものは、石をめくればその裏面にいるのが見られる。小型のものは、野外で採集するのはほとんど不可能で、土壌動物を採集するための装置が必要になる。イソカニムシ は、海岸 性の大型種で、岩礁海岸 の潮上帯 で、岩のすき間や割れ目の間に住んでいる。樹上生活を行う種もいる[ 11] 。小笠原諸島固有種で、オスが長大な触肢を持ち顕著な性的二型を示すテナガカニムシは、タコノキの樹皮下に棲む。
鋏が目立つことでもわかるように、捕食性の動物であり、より小型の動物、トビムシ などを餌にしている。土壌動物としては、密度はさほど高くないが、重要な肉食者である。餌を求めて歩くのではなく、鋏状の触肢に獲物が触れるまで待つ。
昆虫 などの脚を掴み、またはその身に乗って便乗する習性が知られる。中南米に分布し、立ち枯れの朽木上で生活するCordylochernes scorpioides は、テナガカミキリの腹部に乗って新しい生活場所に移動することで知られる[ 12] 。アカネズミの巣に棲み、ネズミに寄生するマダニを捕食するオオヤドリカニムシは、ネズミの体毛に掴まり、ネズミとともに移動する[ 13] 。
繁殖行動
カニムシ(ツチカニムシ科?)抱卵
オスからメスへの精子の受け渡しは、精包(spermatophore=精子塊を包んだカプセル)を介した間接的な方法による。土壌中に棲むツチカニムシ科等では、オスが残置した精包を、メスが見つけて精子を取り込むことが知られている。このようなオスとメスが直接出会うことなく精子を受け渡す方法はトビムシなど他の土壌動物でも行われている。一方、カニムシ科、ヤドリカニムシ科などの種では、オスが触肢でメスの触肢を掴んでメスを自分がその場で作った精包に導き精子を取り込ませることが知られ、その様子は求愛ダンスと呼ばれる[ 14] [ 10] 。メスが貯精嚢(spermatheca)を持つ種では、精子は受精されるまでの間保存されるが、持たない種では、すぐに卵と受精される。受精した卵(胚)は、卵塊として腹部下面の生殖口から外部に張り出した育児嚢の中で孵化するまで保持され、母親の卵巣から供給される栄養を含んだ分泌液(ミルク)を吸収して発育する[ 14] [ 15] 。1度の抱卵数は種により異なり、2~40個。子供が第一若虫となって孵化するまでの間、メスは絹を紡いで小部屋を作って中に閉じこもる種もいる[ 16] 。
分類
多くのクモガタ類 と同様、カニムシの真鋏角類 における系統的位置ははっきりしない[ 1] 。かつては形態学 の類似、例えば背甲 と関節した2節の鋏 型の鋏角 ・短い膝節を持たない(短い腿節と長大な膝節をもつ)歩脚 ・後体第3-4節にある気門 ・口周辺の構造などに基づいて、カニムシは一般にヒヨケムシ に最も近縁で姉妹群 と考えられてきた(共に Haplocnemata /Apatella をなす)[ 6] [ 17] 。しかし2010年代以降、これは分子系統解析 に否定的とされ、代わりにサソリ や四肺類 (クモ ・ウデムシ ・サソリモドキ ・ヤイトムシ )を含んだ単系統群 (蛛肺類 )との類縁関係を示唆される[ 17] 。この場合、カニムシは蛛肺類の姉妹群[ 18] [ 19] 、もしくは蛛肺類に含め、サソリの姉妹群(共に Panscorpiones をなす)とされる[ 20] [ 21] [ 22] [ 23] 。
下位分類
以下の科 が知られる(和名は日本分類学会連合による[ 24] )。
脚注
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^ 以下、全般的には内田監(1966)、p.61-90.による。
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参考文献
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関連項目