エビネ属
エビネ属(エビネぞく、Calanthe、海老根、蝦根)は、ラン科の1属。 概論エビネとは、ラン科エビネ属(Calanthe)に含まれるものの総称であり、特にそのうちの1種 C. discolor の和名でもある。先にエビネ属の概要について述べる。 カクチョウランやシランなどと共に、ラン亜科(Orchidioideae)のエビネ連(Arethuseae)のエビネ亜連(Bletiinae)に属する。 多年生の草本で、多くは地生であるが、まれに着生する。一般に茎は短く、基部が肥大して球茎となり、短い匍匐茎で連なる。薄い葉を2-10枚ほどつける。 東南アジアを中心に、北はインドからヒマラヤ、中国、日本にかけて、東はミクロネシア、西は東アフリカ熱帯およびマダガスカル、南はオーストラリア北部までの範囲に約200種が、さらにメキシコからコロンビアと西インド諸島にC. calanthoidesただ1種が分布する。日本には約20種が自生する。 日本産の種は全て常緑性であるが、熱帯アジアには落葉性の種がある(前者をCalanthe亜属、後者をPreptanthe亜属として分ける)。温帯産の常緑性種は冬芽を形成する。 花序は総状で直立する。花の色はきわめて多様である。美しい花を咲かせる種も多く、観賞用の栽培も盛んである。 日本では花の形を兜率天から降臨する弥勒菩薩に見立て「弥勒花」と呼ぶ地域がある。 日本産の種
種リスト
自然交雑種エビネ類は自然交雑種が多い。日本ではエビネ・キエビネ・キリシマエビネ・ニオイエビネは相互に交配可能であり、雑種個体も種子を作る能力がある。これらが混生している地区では純粋な個体を探すほうが難しいほどである。一方、サルメンエビネは遺伝的にやや遠縁のようで、交雑種の稔性が良くない。そのため雑種個体が子孫を残すことも少ないようで、サルメン系の交雑種は自然界では稀である。 どのような血が混じっているか類推できる交雑種には、親の組合せによってそれぞれ名前がつけられている。代表的なものとしては、以下のようなものがある。
実際には、どのような血が入っているか判然としない個体が多いので、「タカネ系」「コオズ系」というように漠然とした括りで語られることが多い。 園芸植物としてのエビネエビネ属には熱帯地方原産の種を中心に洋ランとして栽培されるものがあり、カランセあるいはカランテの名で流通している。また、日本産の種を中心とする温帯地方原産の種群はエビネ、時にエビネランと呼ばれ、近年では育てづらい原種個体に代わって、人工交配によるさまざまな園芸交配種が大量に生産されるようになっている。交配種についてはすでに園芸植物と言ってよい。 その一方で原種グループは、いまだ野生採取により市場供給されている種類が多く、園芸目的の採集が野生個体群に対する非常に大きな圧迫要因となっている。 日本のエビネ類が園芸上のジャンルとしてどこに属するかは、意見が分かれるところである。野生ランの一つとするには、人工交配が進み過ぎ、柄が大きすぎ、洋ランではあり得ない。かといって東洋ランとは歴史が違い過ぎるし、美意識にも解離がある。山野草の中のひとつ、というのがまずは無難な線と思われる。 日本産の種属は上に述べたように約20種あるが、そのうちエビネとして盛んに栽培されているのはエビネ、キエビネ、キリシマエビネ、ニオイエビネ、サルメンエビネなどの5種程度と、それらの雑種である。 南西諸島のオナガエビネやツルランなど亜熱帯産の種も栽培されるが、見た目も性質も上記の種群とはかなり異なる(オナガエビネ、リュウキュウエビネなどは耐暑性、耐寒性に欠け、初心者の栽培には適さない)ので、まとめては扱わず、やや異なるジャンルのものと見なされている。しかしこれらの南方系原種も相互に交配可能で、雑種にも種子ができる。一部の園芸業者によって品種改良もおこなわれており、優れた選別交配個体が流通している。またこれら亜熱帯産のグループと本土のナツエビネ、春咲きグループも交配が一応可能ではある。しかし雑種個体の稔性は低く、後代の自由な交配育種が難しいため、一般にはほとんど流通していない。 栽培地上性のランで、大型になるので、大きな鉢を使っての鉢植えが普通である。山の砂利など、比較的有機物の少ない、目のやや粗い培養土を用いる。直射日光は嫌うので、ヨシズなどをかけ、風通しをよくする。 木陰であれば地植えも可能である。腐葉土の多い場所がよい。なお、栽培に関する参考書籍は多数出版されており、ネット書店などでも入手可能である。 株分け、バルブ伏せなどにより栄養繁殖させることも難しくないが、長期間栽培されている個体はウイルス病に感染している場合があるので、営利的には人工交配し、種子から無菌的に苗を育てて販売することが多い。 一般の洋ランでは、組織培養によって同一個体を大量増殖する技術が確立されているが、エビネの場合は増殖時に使用する植物ホルモンに対する反応などに個体差が激しく、技術的に不可能とは言えないもののマニュアル化は難しい。親株のウイルスの問題もあるので、今のところエビネ類では組織培養は定番的な生産技術にはなっていない。 雑種の扱いエビネ栽培家の間では、原種には -エビネ、というように「エビネ」を付けるが、雑種の名前には「エビネ」を付けない慣習がある。しかし、一般園芸家は交配名だけでは何の植物か理解しにくいので、交配種でも「~エビネ」や「~エビネラン」と呼ぶことが多い。 なお、ランの人工交配種には、両親の血統と、その組合せでできる交配種に名前をつけて記録する全世界的な制度(英国王立園芸協会サンダーズ・リスト)が存在する。エビネ属で最初の人工交雑は1853年にツルランとオナガエビネを使って作出され、1856年に登録された C. domini である。これはエビネ属だけでなく、ラン科で初の人工交雑であった。 それ以外の日本産のエビネ類も複雑な人工交配種がいろいろと命名登録されているが、登録名で呼称できるのは、純粋な原種個体まで血統がさかのぼれる個体に限られる。エビネの雑種に血統確実な個体はそれほど多くないため、それらの登録交配名が趣味家の間で実際に使われる機会は少ない。代わりにタカネやサツマなど自然交雑種の名称がよく利用されている。 エビネブームエビネを栽培すること自体は、日本で古くから行われていた。大柄なランであり、地味ながら味わいを感じられるものから、キエビネのように華やかなものまでがあり、山野草ブームなどより前から、少しずつ栽培は行われた。17世紀末に出版された園芸書『花壇綱目』にはエビネの栽培法が記されている。そういった中で、生育範囲は次第に減少傾向にあった。それでも普通のエビネは身近にごく普通に見られるものであった。キエビネなどは、和歌山県南部では谷間が真っ黄色に見えるほどに咲く場所もあったと言う。 この状況が大きく変化したのは、1960年代末からの山野草ブームの流れの中で、1970年代後半より起こったエビネブームである。あっと言う間に全国に広がったブームは、各地で展覧会が開かれ、雑誌が発刊され、古典園芸植物や東洋ランに習う形でたくさんの品種が命名された。品種名のついたものの中には高額で取引されたものもある。しかし、それらの新品種は以前から栽培維持されていたわけではなく、大部分が山取り品であった。当然ながら新たな株を求めて山に入るものが後を断たず、数年にしてもはや野外でエビネを見るのが困難な状況となった。 ところが、エビネ属はウイルスなどの伝染病にかかると観賞価値が著しく下がる特性があり、東洋ランのように投機対象にできるほどの栽培安定性は無かった。ウイルス防除の煩雑さに疲れた趣味家が次々と撤退し、このブームは十年をもたずして終焉。現在では山野草の中の一ジャンルとして安定した位置にあるが、販売流通しているのは種子から新規育成された交配種が大部分で、往時の野生品種で現存しているものは数えるほどしか無いようである。 幸いというべきかどうか、エビネは人工増殖がしやすい上に、カンランほど高値安定なイメージが定着しなかったためもあり、現在では山奥までもぐりこんで株漁りをする者が絶えない、という状況はさすがになくなった。その結果、目立たないところでは花を見かけることもないことはない、という程度には回復しているところもある。 なお、この間、ナツエビネはこのような流れの埒外に置かれたままで、大規模な乱獲はなかったようである。これは、高温を嫌い暖地で栽培すると落蕾したり花色が非常に悪くなること、個体変異が少なく趣味家の収集欲をそそらなかったこと、他種と交配すると後代の稔性が悪く、交配親としての利用価値に乏しかったなどの理由によるかと思われる[要出典]。 参考文献
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