ウイチョル語 (ウイチョルご; 英 : Huichol )とは、メキシコ のハリスコ州 およびナヤリト州 に暮らすウイチョル族 の言語 である。ナワトル語 と同じユト=アステカ語族 に属し、コラ語 (英語版 ) (英 : Cora )と近い関係にあるとされる。
音韻論
子音
子音 は以下の通りである[ 3] 。
p
t
c
k
kʷ
'
z
m
n
l
r
w
y
このうち /z/ は有声そり舌歯擦音 であり、文献によっては x や zr と表記される[ 3] (語例: Wix árika 〈ウイチョル族〉)。また McIntosh (1945) は /č/、Palafox Vargas (1978) は更に /b, g, gʷ , rr/ という音素も認められるとしている[ 3] 。
母音
母音 について、八杉 (1988) は i、e、a、u、ɨ の5種類であるとしているが、これは Palafox Vargas (1978) による /i , e, a, ë, ü, u, Vː [ 注 1] / を受けた上で八杉が ü を /ɨ/ 、ë を /ə/ であると推定したものである。
ɨ は ʌ で表される場合がある。
例:
超分節音素
八杉 (1988) はアキュート で表される高声調と、特に目印のない低声調の2種類の声調 が存在するとしている。しかし、言語学者によるものではないがたとえば Furst (1996:59) のように超分節 的な区別を強勢 と捉え、存在するのは強勢が置かれる音節 の違いであると説明する文献も存在する。
例:
文法
形態論
Dryer (2013) は屈折形態論 (英 : inflectional morphology )における接頭辞 と接尾辞 の度合について Grimes (1964 :passim) を参照しているが、いずれも同じ程度であるとしている。
名詞
名詞 には所有 や複数 性を表す接辞が付加される場合がある。
所有
所有 を表す要素は、基本的に三人称単数のものを除くほぼ全てが接頭辞として現れる[ 3] 。
所有接辞(Grimes 1964: 30)
数
単数
複数
人称
通常(Ordinary)
Locative
再帰 的(Reflexive)
再帰的
通常
一人称
ne-
ta-
二人称
ʔa-
yu-
ze-
三人称
-ya
-na
yu-
wa-
複数
ウイチョル語で複数 を表す要素は基本的に接尾辞 で標示されるが、これには様々な種類が存在する。最も使用範囲が広いのは -te で、最近になって借用されたスペイン語由来の語幹などにつけられる[ 6] 。そのほかには -ri 、-ci 、-zi 、-ma 、-ciizi 、-riizi が見られ、このうち -ma は親族名を表す語に用いられる[ 6] 。
例[ 7] :
záa+riu-te - 数台のラジオ (< 西 : radio )
qázú-ri - 鷺 たち
mázá-ci - 鹿たち
téi+wárii-zi - メスティーソたち
taa+-tewaríi -ma - 我々の祖父たち
zinúurá-ciizi - メスティーソの女たち (< 西 : señora )
tácíu+-ríizi - 兎たち
なお、語彙によっては単数形と複数形とで語幹自体が全く異なるものも存在する。
例:
núnúuci 〈子供〉: tʌʌrí 〈子供たち〉[ 4]
動詞
動詞 の主語 は接頭辞で表され、それは以下の通りである。
動詞の主語を表す接頭辞(八杉 1988)
単数
複数
一人称
ne-
te-
二人称
pe-
ze-
三人称
ø-
me-
三人称単数が主語の場合、接頭辞は付加されない。
例:
ne-mác-ta-kʷa-ni 〈私は君を食べるだろう〉: mac-tá-kʷa-ni 〈彼は君を食べるだろう〉[ 3]
統語論
語順
語順 は「主語-述語-目的語 」であるが、述語となる動詞句は「主語-目的語-動詞」の順であり、この動詞句のみでも文 として成立し得る[ 3] 。
語彙
親族名称
ウイチョル族は祖父と孫世代の間の関係性については同一性、平等性、相互性のあるものと考えており、親族名称は一方の世代からもう一方の世代に向けて全く同一のものが使用され得る[ 8] 。ウイチョル語で tewaríi (あるいは tewarí や teʼvali とも)は〈祖父〉と〈孫〉、〈大おじ〉と〈甥または姪の息子〉を男性同士で相互に表す語彙であるが、ほかにも〈祖父母〉と〈孫(娘)〉の両方を表す teukári が存在し[ 9] 、あるウイチョル族は、祖父と孫とは同じ肉体からなる存在であり、互いを Neteukari 〈私の teukári 〉と呼び合うと述べている[ 8] 。ただし、類似する特徴を持つ語彙を有する言語はウイチョル語のみに限らず、他にもインドネシア のマルク州 南東部で話されているケイ語 (英語版 ) (Kei)やフォルダタ語 (英語版 ) (Fordata)、ヤムデナ語 (Yamdena)といったオーストロネシア諸語 [ 10] 、バヌアツ のビスラマ語 (Bislama)[ 11] 、パプアニューギニア のウサルファ語 (Usarufa)[ 12] でも確認されている。
脚注
注釈
^ 長母音を表す。
出典
^ a b c d e Lewis et al. (2015).
^ a b c d Hammarström et al. (2017).
^ a b c d e f g h i 八杉 (1988).
^ a b Grimes (1964 :31)
^ Furst (1996:59).
^ a b Grimes (1964 :30).
^ Grimes (1964 :30–31).
^ a b Myerhoff (1974 :66).
^ Schaefer & Furst (1996:529).
^ Blust (1979 :206–207,239).
^ Crowley (2003:28,356).
^ Bee (1973:236).
参考文献
Bee, Darlene (1965). Usarufa: a descriptive grammar [PhD Dissertation, Indiana University, Bloomington, USA], iii + 203 pp. Reprint, in Howard McKaughan (ed.) The Languages of the Eastern Family of the East New Guinea Highland Stock , pp. 225–323. Seattle: University of Washington Press, 1973. ISBN 0-295-95132-X (英語)
Blust, Robert (1979). “Proto-Western Malayo-Polynesian vocatives” . Bijdragen tot de Taal-, Land- en Volkenkunde (Leiden) 135 (2/3): 205–251. https://www.researchgate.net/publication/41017978_Proto-Western_Malayo-Polynesian_vocatives . (英語)
Crowley, Terry (2003). A new Bislama dictionary . 2nd ed. , pp. 28, 356. Suva, Fiji: Institute of Pacific Studies, University of the South Pacific; Vila, Vanuatu: Pacific Languages Unit, University of the South Pacific. ISBN 982-02-0362-7 (英語)
Dryer, Matthew S. (2013) "26A: Prefixing vs. Suffixing in Inflectional Morphology ". In: Dryer, Matthew S.; Haspelmath, Martin, eds. The World Atlas of Language Structures Online . Leipzig: Max Planck Institute for Evolutionary Anthropology. http://wals.info/
Furst, Peter T. (1996). "Myths as History, History as Myth: A New Look at Some Old Problems in Huichol Origins." In Stacy B. Schaefer and Peter T. Furst (eds). People of the Peyote: Huichol Indian History, Religion & Survival , pp. 26–60. Albuquerque: University of New Mexico Press. ISBN 0-8263-1905-X (英語)
Grimes, Joseph E. (1964). Huichol Syntax . The Hague: Mouton. https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA24916677 (英語)
Hammarström, Harald; Forkel, Robert; Haspelmath, Martin, eds (2017). “Huichol” . Glottolog 3.0 . Jena: Max Planck Institute for the Science of Human History. http://glottolog.org/resource/languoid/id/huic1243 (英語)
"Huichol ." In Lewis, M. Paul; Simons, Gary F.; Fennig, Charles D., eds. (2015). Ethnologue: Languages of the World (18th ed.). Dallas, Texas: SIL International. (英語)
Myerhoff, Barbara G. (1974). Peyote Hunt: The Sacred Journey of the Huichol Indians . Ithaca: Cornell, University Press. https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA05108824 (英語)
Schaefer, Stacy and Peter T. Furst (eds.) (1996). People of the Peyote: Huichol Indian History, Religion & Survival . Albuquerque: University of New Mexico Press. ISBN 0-8263-1905-X (英語)
八杉佳穂 (1988).「ウイチョル語」 『言語学大辞典 第1巻 世界言語編(上)あ-こ』、三省堂、742-743頁。ISBN 4-385-15213-6
関連文献
McIntosh, John B. (1945). “Huichol Phonemes”. International Journal of American Linguistics 11 .
Palafox Vargas, Miguel (1978). La llave del huichol . México: Instituto Nacional de Antropología e Historia.