インデックス・ケース (英語 : index case )は、疫学 調査上で集団内最初の患者となった人物を指す言葉である[ 1] [ 2] 。プライマリー・ケース (primary case)、ペイシェント・ゼロ (patient zero)も同様の意味である。日本語では「初発症例 」「発端症例 」[ 3] [ 注釈 1] などの訳語が当てられることがある。
インデックス・ケースという語は、この他、遺伝学 では原因と目される遺伝要因を家族内で調査するきっかけを作った最初の発症者(発端者、英: propositus / proband )を指したり[ 4] 、前頭葉 に大きな損傷を負いながら生還したフィニアス・ゲージ の一例など、文献上「古典的な」位置づけを得ることもある。
「プライマリー・ケース」という語は、ヒト=ヒト感染を起こす感染症 にのみ用いられ、この病気を集団内へ最初に持ち込んだ人物のことを指す[ 5] 。
意義
インデックス・ケースからは、病気の出所や考えられる伝染状況、アウトブレイク 中に病気に感染していたリザーバーが誰かなど、さまざまな情報を得られる可能性がある。また、アウトブレイクのきっかけとなった最初期の感染例でもあり、第1・第2・第3(英: primary, secondary, tertiary, etc. )とナンバリングされることもある[ 15] 。
ロンドン大学衛生熱帯医学大学院 の感染症疫学者であるデイヴィッド・ヘイマンは、インデックス・ケース(ペイシェント・ゼロ)を見つける意義について問われ、「ペイシェント・ゼロを見つけることが重要な例もあるが、それは患者がまだ生きていて病気を蔓延させている時に限る。大概の場合、特に病気の大きなアウトブレイクの場合、そういうことは必要無い」と述べている[ 16] 。
「ペイシェント・ゼロ」ガエタン・デュガ
現在は誤りと立証されている1984年の論文から引いた図[ 17] 。40人のAIDS患者が性的関係で繋がっている。この中で赤 でハイライトされた円が初めてAIDSの症状を呈した人物と目された。
AIDS 流行の最初期、アメリカ疾病予防管理センター (CDC) のウィリアム・ダロウ (英語版 ) らのチームは、「ペイシェント・ゼロ」
から伝染が起きたというシナリオを考えていた[ 18] 。CDCは、カナダ人のガエタン・デュガ (英語版 ) がヨーロッパ からアメリカ へウイルスを持ち込んだキャリアで、別の男性へ感染を広げたと特定した[ 19] 。発表された疫学研究は、「ペイシェント・ゼロ」がどのようにヒト免疫不全ウイルス (HIV) を複数のパートナーへ感染させたか、そして彼らがさらに別人に感染させ、このウイルスがどれだけのスピードで全世界に広がったかを示すものだった (Auerbach et al., 1984)。
ジャーナリストのランディ・シルツ (英語版 ) はダロウらの発見に基づいて[ 18] 、1987年の著書『そしてエイズは蔓延した (英語版 ) 』で、デュガこそがペイシェント・ゼロだとした。この本はピューリッツァー賞 を受賞し、後に『運命の瞬間/そしてエイズは蔓延した 』として映画化された。[ 20] [ 21] 。シルツの著書に拠れば、客室乗務員 だったデュガは北アメリカの複数の都市の有料発展場 で乱交 を行っていたという。デュガはゲイ 男性間のHIV感染を広めた人物として広く知られ、「マス・スプレッダー 」(英: "mass spreader" )として中傷された。4年後、ダロウは研究のメソッドと、シルツが結論に至った過程を批判するに至った[ 18] 。
2007年に投稿された論文では、遺伝子解析に基づき、現在北アメリカで流行しているHIVの系列は、アフリカ からハイチ を辿って1969年頃にアメリカへ入ったものと推定され[ 22] [ 23] 、そのソースは1人の移民 だったと結論付けられている。しかしながら、ミズーリ州 セントルイス でAIDS合併症により1969年に死亡したロバート・レイフォード (英語版 ) は、1966年以前にHIV感染したと考えられており、北アメリカのHIV系列最初期のキャリアとされている[ 24] [ 25] 。これにより、デュガが北アメリカにHIVをもたらしたのではなく、多くの患者の1人にすぎなかったことがあらためて立証された[ 26] 。
著名なインデックス・ケース
チフスのメアリーについて報じた当時の記事
メトロポール・ホテル9階の見取り図。緑の箇所に宿泊した男性からアウトブレイクが発生した。
2009年に起きた新型インフルエンザの世界的流行 では、エドゥガル・エンリケ・エルナンデス(スペイン語: Édgar Enrique Hernández )がペイシェント・ゼロと考えられており[ 33] 、後に回復したことから、彼を讃える像が建立された[ 34] 。同時期にウイルスに接触したマリア・アデラ・グティエレス(スペイン語: Maria Adela Gutierrez )が、公式に確認された最初の死者である。
医療以外の分野での用例
「ペイシェント・ゼロ」の語は、ネットワークであるマルウェア に初めて感染し、その後他のシステムへ感染を広げたコンピュータ・ユーザを指して使われることがある[ 9] [ 36] 。
モニカ・ルインスキー は、インターネット上で大勢からの嫌がらせ を受けた最初の人物だとして、自身を「ペイシェント・ゼロ」と表現した[ 37] 。
フィクション
1993年の映画『ゼロ・ペイシェンス 』は、AIDSの「ペイシェント・ゼロ」の汚名を着せられた人物が死者の国から戻ってくるというミュージカル映画。
映画『アウトブレイク 』では、インデックス・ケース探しが物語の大筋となっている。映画『コンテイジョン 』では、グウィネス・パルトロー 演じるエリザベス・エンホフが、登場する致死性ウイルスMEV-1のインデックス・ケースとなる。
スマートフォン・ゲーム『Plague inc. 』では、プレイヤーの作ったウイルスについて情報を集めるため、CDCにペイシェント・ゼロを探させることができる。ゲーム『Prototype 』では、主人公のアレックス・マーサーが、研究所で開発されたウイルスのペイシェント・ゼロとなってしまう。
脚注
注釈
^ 「初発」の語は、癌や食物アレルギーなどの症例で「(ある人が)ある病気を初めて発症した」という意味(「再発」の対語)で使われることもあるので区別すること。
出典
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関連項目
外部リンク