アンドリュー・スーサック
アンドリュー・J・スーサック(Andrew J. Susac、1990年3月22日 - )は、アメリカ合衆国・カリフォルニア州ローズビル出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。弟のダニエル・スーサックもプロ野球選手である。 経歴プロ入り前2009年のMLBドラフト16巡目(全体497位)でフィラデルフィア・フィリーズから指名されたが、オレゴン州立大学へ進学した[1]。 プロ入りとジャイアンツ時代2011年のMLBドラフト2巡目(全体86位)でサンフランシスコ・ジャイアンツから指名され、プロ入り[2]。 2012年、A+級サンノゼ・ジャイアンツでプロデビュー。102試合に出場して打率.244、9本塁打、52打点、1盗塁を記録した[1]。 2013年はAA級リッチモンド・フライングスクウォーレルズでプレーし、84試合に出場して打率.256、12本塁打、46打点、1盗塁を記録した[1]。 2014年はAAA級フレズノ・グリズリーズで開幕を迎え、63試合に出場。打率.268、10本塁打、32打点を記録した。7月26日にヘクター・サンチェスが故障者リスト入りしたため、ジャイアンツとメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[3]。同日のロサンゼルス・ドジャース戦でメジャーデビュー。8回表から捕手の守備に就き、8回裏に初打席を迎えたが、三塁ゴロに倒れた[4]。 その後は一塁手のブランドン・ベルトが故障したため、バスター・ポージーが一塁手として出場する試合に捕手として先発マスクを被ったり、対左投手対策として先発したりし、最終的に35試合に出場して打率.273、3本塁打、19打点と活躍した。ポストシーズンのロースターにも入った。 2015年は控え捕手として出場機会が増し、52試合に出場。バッティング面では打率.218・3本塁打・14打点・OPS0.666を記録した。ディフェンス面では40試合でマスクを被ったが、4失策、守備率.984・DRS - 1・盗塁阻止率17%[2]と、イマイチの成績に終わった。マイナーではA+級サンノゼとAAA級サクラメント・リバーキャッツ[5]で計12試合に出場しただけで、打率.310、OPS0.943と強打を見せた[1]。守備では、9試合で2失策だった[1]。 2016年は、ジャイアンツ組織に所属していた間はメジャーでの出場機会がなかった。 ブルワーズ時代2016年8月1日にウィル・スミスとのトレードで、フィル・ビックフォードと共にミルウォーキー・ブルワーズへ移籍した[6]。ブルワーズでは9試合に出場して打率.235、1本塁打、2打点、OPS.786を記録した[1]。キャッチャー守備は、6試合で1失策(守備率.969)、DRS -1だった[1]。同年、マイナーではジャイアンツ傘下時代も合わせて72試合に出場し、打率.254、8本塁打、41打点という成績だった[1]。 2018年1月30日にマット・アルバースとのメジャー契約に伴い、DFAとなった[7]。 オリオールズ時代2018年2月2日に後日発表選手とのトレードで、ボルチモア・オリオールズへ移籍した[2]。 2019年1月11日にハンサー・アルベルトの加入に伴ってDFAとなり[8]、17日にマイナー契約で傘下のAAA級ノーフォーク・タイズへ配属された[2]。 ロイヤルズ傘下時代2019年4月2日に金銭トレードで、カンザスシティ・ロイヤルズへ移籍した[9]。移籍後は傘下のAAA級オマハ・ストームチェイサーズでプレーし、26試合に出場して打率.234、4本塁打、15打点、3盗塁を記録した。オフの11月4日にFAとなった[2]。 パイレーツ時代2020年1月31日にピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[10]。9月27日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[11]。レギュラーシーズン終了後の10月2日にマイナー契約となった[12]。 詳細情報年度別打撃成績
年度別守備成績
背番号
脚注
関連項目外部リンク
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