アレクサンドロス3世の死因については、アルコールによる肝臓病、熱病、ストリキニーネ中毒など様々な説が挙げられているが、それらを立証できるような史料はわずかしかない[15]。メリーランド大学医学部は1998年、アレクサンドロス3世が腸チフスによって死んだとする説を発表した[16]。この病はマラリアと共に、古代バビロンで一般的な疾病だった[17]。アレクサンドロス3世が死ぬ1週間前には、彼の悪寒、発汗、疲労、高熱といった症状があったと記録されている。これらは腸チフスなどの伝染病の典型的な症状である。メリーランド大学メディカル・センターのDavid W. Oldachによれば、アレクサンドロス3世は「重い腹痛」も患っており、それゆえ彼は「苦痛で泣き叫んだ」という。ただこれは、信頼性の低いアレクサンドロス・ロマンスの記述を基にしている。アンドリュー・N・ウィリアムズやロバート・アーノットは、アレクサンドロス3世は最後の数日間には声を出すこともできなくなっていたと考えている。アレクサンドロス3世はキュロポリス包囲戦で首を負傷しており、声が出なくなったのはその後遺症である、としている[18]。
毒殺説も、アレクサンドロス3世の死後長きにわたって有力であり続けている説である。容疑者としては、彼の妻たち、将軍たち、異母兄弟や酌取り係など多様な人物の名が挙がっている[20]。毒殺説は、Liber de Morte Testamentoque Alexandri (アレクサンドロスの死と審判に関する書)によって特に脚光を浴びることになった。この文献は、紀元前317年以降に、ポリュペルコン派がアンティパトロスの一族を貶めようという政治的な動機から書いたものである[21]。ユニアヌス・ユスティヌスは著書Historia Philippicae et Totius Mundi Origines et Terrae Situsの中でさらにアンティパトロス毒殺説を発展させ、アンティパトロスが「馬の蹄(だけ)では運べないほど」に強力な毒をアレクサンドロス3世に盛ったのだと主張している[22]。
ポール・C・ドハーティは、著書Alexander the Great: The Death of a Godの中で、アレクサンドロス3世がプトレマイオス1世(王の異母兄弟であった可能性がある)にヒ素で毒殺されたとする説を唱えている[20]。しかしニュージーランド国立毒物センターの毒物学者レオ・シェップ博士は、ヒ素の可能性は低いとして、代わりに「白ヘレボルス」の通称で知られるバイケイソウ(Veratrum album) で作ったワインが毒殺に用いられたと考えている[23]。この植物は古代ギリシアでも知られており、長期的な症状が出る毒を作ることができ、アレクサンドロス・ロマンスで説明されている病状の経過とも一致しているという。この、アレクサンドロス3世が毒殺され、その毒物としてはバイケイソウが有力であるという論文は、査読付き医学誌Clinical Toxicologyに掲載された[24]。古代ギリシアの歴史家ディオドロスは、アレクサンドロス3世が「ワインの大杯を飲んだ後に痛みに襲われた」と述べており、これもバイケイソウワイン説を後押ししている[25]。
伝染病学者のジョン・マーとチャールズ・カリッシャーは、ウエストナイル熱がアレクサンドロス3世の死因である可能性を提唱している。ロードアイランド大学の伝染病学者トーマス・メイザーは、このウエストナイル熱説を「実に説得力がある」と評価しつつも、この伝染病のウイルスで死亡するのは高齢者か免疫系が弱い患者であることが多い点を指摘している[30]。ウィンスロップ大学病院の Burke A. Cunhaは、マーとカリッシャーのウエストナイル熱説を批判している[31]。またほかにも、ウエストナイル熱は8世紀以前には人間への感染力を持たなかったはずだとする指摘もなされている[31]。
^Cunha BA (March 2004). “The death of Alexander the Great: malaria or typhoid fever.”. Infect. Dis. Clin. North Am. (Infectious Disease Clinics of North America 2004 Mar;18(1):53-63) 18 (1): 53–63. doi:10.1016/S0891-5520(03)00090-4. PMID15081504.
^Hutan Ashrafian, "The Death of Alexander the Great - A Spinal Twist of Fate", Journal of the History of the Neurosciences, Vol. 13, 2004, pg. 138
^Hutan Ashrafian, "The Death of Alexander the Great - A Spinal Twist of Fate", Journal of the History of the Neurosciences, Vol. 13, 2004, pg.139
^ abHutan Ashrafian, "The Death of Alexander the Great - A Spinal Twist of Fate", Journal of the History of the Neurosciences, Vol. 13, 2004, pg. 140
^George K. York, David A. Steinberg, "Commentary. The Diseases of Alexander the Great", Journal of the History of the Neurosciences, Vol. 13, 2004, pg. 154
^Sbarounis CN (June 1997). “Did Alexander the Great die of acute pancreatitis?”. J. Clin. Gastroenterol. (Journal of Clinical Gastroenterology 1997 Jun;24(4):294-6) 24 (4): 294–6. doi:10.1097/00004836-199706000-00031. PMID9252868.