アレクサンドリアのフィロンアレクサンドリアのフィロン((ラテン語:Philon Alexandrinus、ヘブライ語:יוסף בן פילון האלכסנדרוני、紀元前20/30年? - 紀元後40/45年?)は、ローマ帝国ユリウス=クラウディウス朝時期にアレクサンドリアで活躍したユダヤ人哲学者。豊かなギリシア哲学の知識をユダヤ教思想の解釈に初めて適用した。ギリシア哲学を援用したフィロンの業績はユダヤ人には受け入れられず、むしろ初期キリスト教徒に受け入れられ、キリスト教思想のルーツの1つとなった。 生涯生涯についてはほとんど知られていないが、アレクサンドリアのユダヤ人共同体(ディアスポラ)の指導グループに属していたらしい。そのことはフィロンがアレクサンドリアのユダヤ人とギリシア人の間で紛争が起こったことに際して、ユダヤ人の代表団の一人としてローマ皇帝カリグラへの陳情のため、ローマへ旅行したことからわかっている。 思想の特徴フィロンは旧約聖書を注解するのに比喩的解釈を多用した。また、ギリシア思想に由来するロゴスやイデア論の概念をユダヤ教思想の理解に初めて取り込んだ。フィロンはプラトンの著作とくに『ティマイオス』に影響を受け、旧約聖書とプラトン哲学が調和的であると考えた。フィロンはプラトンを「ギリシアのモーセ」と呼んで、プラトンの思想にモーセが影響を与えたと考えた。 ロゴスが神の言葉である、という思想は、後にキリスト教において、イエスが天地の創造に先立って存在したという「先在のイエス」の思想と結びつき、イエスがロゴスであるという思想にいたった。それだけでなくフィロンの著作は、初期キリスト教と教父たちの思想、いわゆるアレクサンドリア学派に大きな影響を与えている。 著作フィロンはギリシア語で多くの著作を残しているが、その内容はいくつかに分類できる。 以下に主要なものを列挙する。
他にも多くの著作があったといわれているが、失われている。 参考文献
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