δ 18 O とは、酸素 の安定同位体 である18 O と16 O の存在比 (英語版 ) を表す量。地球化学 、古気候学 、古海洋学 (英語版 ) の分野において、降水 温度の尺度としてや、地下水と鉱物の相互作用について調べるため、あるいはメタン生成 のように同位体分別 (英語版 ) 作用がある過程の指標として用いられる。地質時代 を扱う科学の諸分野では、サンゴ や有孔虫 、氷床コア から得られる酸素同位体比データが温度の代替指標 (英語版 ) とされる。酸素同位体の間の分別 (英語版 ) は、速度論的 (英語版 ) 、平衡論的 (英語版 ) 、もしくは質量非依存 (英語版 ) な分別過程によって生じる。
δ 18 Oはパーミル (‰)単位で以下のように定義される。
δ
O
18
=
(
(
O
18
O
16
)
s
a
m
p
l
e
(
O
18
O
16
)
s
t
a
n
d
a
r
d
−
1
)
×
1000
{\displaystyle \delta {\ce {^{18}O}}=\left({\frac {\left({\frac {{\ce {^{18}O}}}{{\ce {^{16}O}}}}\right)_{\mathrm {sample} }}{\left({\frac {{\ce {^{18}O}}}{{\ce {^{16}O}}}}\right)_{\mathrm {standard} }}}-1\right)\times 1000}
‰
ここで標準の同位体組成 (18 O/16 O)standard は既知とする(ウィーン標準平均海水 など)[ 1] 。
メカニズム
有孔虫試料。
有孔虫の殻は炭酸カルシウム (CaCO3 )からなり、多くの地質環境で見られる。殻が形成されたときの周囲水温を間接的に求めるために用いられるのが18 Oと16 Oの比である。この比は周囲水の温度や塩分濃度のほか、氷床 に閉じ込められた水の量のような要因によってわずかに変化する。
δ 18 Oには局所的な蒸発と淡水流入の効果も反映されている。海水からの蒸発では軽同位体16 Oを含む水分子が優先されるため、雨水は16 Oが豊富となる。同様に水蒸気が凝結するときには重同位体18 Oを含む水分子が優先される傾向がある。したがって、蒸発の盛んな熱帯 や亜熱帯 の海洋表層では18 Oの比率が相対的に高く、降水の多い中緯度では低くなる。大気中の18 O量は熱帯から極にかけて徐々に減少していく。カナダ の雪 に含まれる18 Oはフロリダ の雨と比べてはるかに少ない。同じように、重い18 Oは氷床の辺縁で先に降下するため、氷床の中心に降る雪は辺縁より18 Oのシグネチャが弱い。
以上のような理由で、地球全体の蒸発・降水パターンを変質させるような気候変動があるとδ 18 Oのバックグラウンド値も影響を受ける。
温度の指標として
エプスタインら(1953年)は、塩分濃度や氷床体積の効果を無視し、温度変動のみが指標に寄与するという単純化に基づいて、0.22‰のδ 18 O上昇が1 °Cの温度低下に相当すると見積もった[ 2] 。正確には、エプスタインらが与えたのは以下のような二次の外挿式である。
T
=
16.5
−
4.3
δ
+
0.14
δ
2
{\displaystyle T=16.5-4.3\mathrm {\delta } +0.14\mathrm {\delta ^{2}} }
ここで T は°C 単位で表した温度、δ は炭酸カルシウム試料のδ 18 Oである(温度範囲9~29 °Cでの最小二乗法 フィットによる。標準偏差 0.6 °C)。
古気候学
リシェツキとレイモによって復元された気候記録(2005年)。
氷床コア のδ 18 Oを用いると氷床形成時の温度を知ることができる。
リシェツキ (英語版 ) とレイモ (英語版 ) (2005年)は、世界各地57か所の深海堆積物コアから得られた底生有孔虫のδ 18 Oデータを地球全体の氷床質量の代替指標とすることにより過去500万年の気候を復元した[ 3] 。
リシェツキらは氷床量が日射量 の軌道変動(ミランコビッチ・サイクル )から強制力 (英語版 ) を受けているという仮説に基づいて、57コアの記録を重ね合わせたスタックに軌道チューニング (英語版 ) を施した。結果として得られた同位体比の変動は、ボストーク基地 で得られた過去42万年にわたる既知の温度記録[ 4] と似た形をしていた。δ 18 Oの記録を右図右軸に示す。左軸はボストーク温度記録とのフィッティングによってδ 18 Oを温度に換算したものである。
脚注
^ “USGS -- Isotope Tracers -- Resources -- Isotope Geochemistry ”. 2009年1月18日 閲覧。
^ Epstein, S.; Buchsbaum, R.; Lowenstam, H.; Urey, H. (1953). “Revised carbonate-water isotopic temperature scale”. Geol. Soc. Am. Bull. 64 : 1315–1325. doi :10.1130/0016-7606(1953)64[1315:rcits]2.0.co;2 .
^ Lisiecki, L. E. ; Raymo, M. E. (January 2005). “A Pliocene-Pleistocene stack of 57 globally distributed benthic δ18 O records” (PDF). Paleoceanography 20 : PA1003. Bibcode : 2005PalOc..20.1003L . doi :10.1029/2004PA001071 . http://lorraine-lisiecki.com/LisieckiRaymo2005.pdf . Lisiecki, L. E.; Raymo, M. E. (May 2005). “Correction to "A Pliocene-Pleistocene stack of 57 globally distributed benthic δ18 O records"”. Paleoceanography 20 (2): PA2007. Bibcode : 2005PalOc..20.2007L . doi :10.1029/2005PA001164 . data: doi :10.1594/PANGAEA.704257 .
^ J. R. Petit et al. (1999). “Climate and atmospheric history of the past 420,000 years from the Vostok ice core, Antarctica”. Nature 399 : 429-436. doi :10.1038/20859 .
参考文献
関連項目