ムカシゼミ科(ムカシゼミか、Tettigarctidae)はセミ上科に属する科のひとつ。複数の化石種と2種の現生種が含まれる。チカメゼミ科とも呼ばれる。
概要
本科はセミ科の姉妹群であり、セミ科とともにセミ上科を構成する。大きな前胸背板(英語版)が後方に伸長し中胸背(英語版)の大部分を覆うこと、前翅RP脈が翅の基部近くから生じること、鼓膜を欠くことなどが、セミ科と異なる本科の特徴となる。
本科は中生代に栄えた分類群で、既知の最古の化石記録はおよそ2億年前のものである。ジュラ紀から白亜紀にかけてとくに繁栄し、体サイズなどの形態もかなり多様化していたと見られる。新生代の化石記録は少ない。化石記録は北半球からのものを主とするが、南半球からも少数の化石が得られている。20以上の化石種が知られるが、現生するのはオーストラリアおよびタスマニアに分布する Tettigarcta属の2種のみであり、これらは遺存的な分類群と見なされる。
分類
本科のタイプ属 Tettigarcta ははじめセミ科に分類されていたが、W.L. Distant によって独立の族とされ、E.E. Becker-Migdisova によって独立の科として認められた。分類体系によっては本科を科として認めずにセミ科または Tibicinidae科[注釈 1]の亜科とするも場合もあるが、現在では本科とセミ科をセミ上科の二大系統とする分類体系がひろく認められており、現生種を対象とした分子系統解析の結果もこれを支持している。
下位分類
本科は、翅脈相によって Cicadoprosbolinae亜科と Tettigarctinae亜科の2亜科に分けられる。本科の下位分類にかんしては Shcherbakov (2008) に詳しいが、2008年以降も新種記載が相次いでいる。ここでは MOULDS (2018) による化石種の目録を紹介する。現生種にかんしては後述する。
亜科 Cicadoprosbolinae
学名
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族
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年代 (Ma)
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地質時代
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産地
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'Liassocicada' ignota (Brodie, 1845)
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Turutanoviini
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209-201
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三畳紀末(レーティアン)
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イングランド
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Diphtheropsis incerta Martynov, 1937
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Cicadoprosbolini
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201–164
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ジュラ紀前/中期
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タジキスタン
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Shuraboprosbole plachutai Becker-Mig., 1949
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Turutanoviini
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201–164
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ジュラ紀前/中期
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タジキスタン
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Cicadoprosbole sogutensis Becker-Mig., 1947
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Cicadoprosbolini
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199–191
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ジュラ紀前期(シネムーリアン)
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キルギスタン
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Diphtheropsis sp.
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Cicadoprosbolini
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199–191
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ジュラ紀前期(シネムーリアン)
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キルギスタン
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Paraprosbole rotruda Whalley, 1985
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Turutanoviini
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197–191
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ジュラ紀前期(後期シネムーリアン)
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イングランド、Stonebarrow
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Turutanovia sp.
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Turutanoviini
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183–174
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ジュラ紀前期(トアルシアン)
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ロシア、シベリア南部
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Shuraboprosbole sp.
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Turutanoviini
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174–170
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ジュラ紀中期(アーレニアン)
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ロシア、シベリア南部
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Turutanovia sp.
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Turutanoviini
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174–164
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ジュラ紀中期
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モンゴル中央部
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Hirtaprosbole erromera Liu, Yao & Ren, 2016
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?Turutanoviini
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166–157
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ジュラ紀中/後期
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中国、内モンゴル自治区、Daohugou
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Macrotettigarcta obesa Chen & Wang, 2016
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Cicadoprosbolini
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166–157
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ジュラ紀中/後期
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中国、内モンゴル自治区、Daohugou
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Maculaprosbole zhengi Zheng, Chen & Wang, 2016
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166–157
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ジュラ紀中/後期
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中国、内モンゴル自治区、Daohugou
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Sanmai kongi Chen, Zhang & B.Wang, 2016
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?Turutanoviini
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166–157
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ジュラ紀中/後期
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中国、内モンゴル自治区、Daohugou
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Sanmai mengi Chen, Zhang & B.Wang, 2016
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?Turutanoviini
|
166–157
|
ジュラ紀中/後期
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中国、内モンゴル自治区、Daohugou
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Sanmai xuni Chen, Zhang & B.Wang, 2016
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?Turutanoviini
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166–157
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ジュラ紀中/後期
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中国、内モンゴル自治区、Daohugou
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Shuraboprosbole daohugouensis W. & Z., 2009
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Turutanoviini
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166–157
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ジュラ紀中/後期
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中国、内モンゴル自治区、Daohugou
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Shuraboprosbole media B.Wang & Zhang, 2009
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Turutanoviini
|
166–157
|
ジュラ紀中/後期
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中国、内モンゴル自治区、Daohugou
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Shuraboprosbole minuta B.Wang & Zhang, 2009
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Turutanoviini
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166–157
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ジュラ紀中/後期
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中国、内モンゴル自治区、Daohugou
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Tianyuprosbole zhengi Chen et al., 2014
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?Turutanoviini
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166–157
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ジュラ紀中/後期
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中国、内モンゴル自治区、Daohugou
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Turutanovia karatavica Becker-Mig., 1949
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Turutanoviini
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164–152
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ジュラ紀後期(オックスフォーディアン/キンメリッジアン)
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カザフスタン
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Elkinda hecatoneura Shcherbakov, 1988
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Cicadoprosbolini
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140–129
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白亜紀前期(バランギニアン/オーテリビアン)
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ロシア、外バイカル、Undurga
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Shaanxiarcta perrara (Zhang, 1993)
(= Involuta perrara Zhang, 1993)
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Cicadoprosbolini
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133–129
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白亜紀前期(オーテリビアン)
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中国北部、山西省
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?Turutanovia sp.
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Turutanoviini
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133–125
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白亜紀前期(オーテリビアン/バレミアン)
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モンゴル西部
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Hylaeoneura lignei Lameere & Severin, 1897
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Cicadoprosbolini
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129–125
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白亜紀前期(バレミアン)
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ベルギー、Bernissart
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Architettix compacta Hamilton, 1990
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Architettigini
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122–113
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白亜紀前期(後期アプチアン)
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ブラジル北東部
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亜科 Tettigarctinae
学名
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族
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年代 (Ma)
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地質時代
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産地
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Kisylia psylloides Martynov, 1937
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Meunierini
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201–174
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ジュラ紀前期
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キルギスタン
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Liassocicada antecedens Brodie, 1953
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Protabanini
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183–182
|
ジュラ紀前期(前期トアルシアン)
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ドイツ
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Liassocicada mueckei (Nel, 1996)
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Protabanini
|
183–182
|
ジュラ紀前期(前期トアルシアン)
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ドイツ
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Protabanus chaoyangensis Hong, 1982
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Protabanini
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174–164
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ジュラ紀中期
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中国、遼寧省
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Sunotettigarcta hebeiensis Hong, 1983
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Protabanini
|
174–164
|
ジュラ紀中期
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中国、河北省
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Sunotettigarcta kudryashevae Shcherbakov, 2009
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Protabanini
|
164–152
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ジュラ紀後期(オックスフォーディアン/キンメリッジアン)
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カザフスタン
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Magrebarcta africana (Nel et al., 1998)
(= Liassotettigarcta africana)
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Protabanini
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125–113
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白亜紀前期(アプチアン)
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チュニジア
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Tettagalma striata Menon, 2005
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Protabanini
|
122–113
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白亜紀前期(後期アプチアン)
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ブラジル北東部
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Meuniera haupti Piton, 1936
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Meunierini
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59–56
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暁新世(サネティアン)
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フランス、Menat
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Eotettigarcta scotica Zeuner, 1944
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?Protabanini
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59–56
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暁新世(サネティアン)
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スコットランド、マル島
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?Tettigarcta sp.
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?Tettigarctini
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48–41
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始新世中期(ルテシアン)
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ドイツ、Eckfeld Maar
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Paratettigarcta zealandica Kaulfuss & Moulds, 2015
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Tettigarctini
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23–16
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中新世前期
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ニュージーランド、Hindon Maar
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現生種
ムカシゼミ科 現生種
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分類
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学名
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Tettigarcta crinita Distant, 1883
Tettigarcta tomentosa White, 1845
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上述のとおり、本科の現生種として知られるのは Tettigarcta属に属する2種のみである。このうち、T. crinita はオーストラリア南東部に、T. tomentosa はタスマニアにそれぞれ分布する。両種はたがいに非常に近縁であるとされる。成虫は日中は樹皮下に隠れ、夕方や日没後に活動を始める。耐寒性を示し、冬にも見られるという。
成虫は頭の横幅が小さく、体表に毛を多く有する[注釈 2]。雌雄ともに小さな発音膜(英語: Tymbal)を有するが、共鳴室や鼓膜器官を欠き、セミ科のような音による種内コミュニケーションは行わない。音は生成しないものの、この発音膜は基質振動を生成し、振動によるコミュニケーションのために機能する[注釈 3]
脚注
注釈
- ^ チッチゼミ亜科 Tibicininaeとしてセミ科の下位におくのが一般的である。
- ^ これらの形態的特徴は共有原始形質ではなく、Tettigarcta属のみが示す派生的な形質である可能性が指摘されている。
- ^ 基質振動を介したコミュニケーションは、本科にかぎらず多くの半翅目昆虫で見られる。
出典
参考文献
和文
- 石川, 良輔(編)『節足動物の多様性と系統』岩槻, 邦男; 馬渡, 峻輔(監修)、裳華房、2008年。
- 山崎, 柄根『学研の図鑑 世界の昆虫』朝比奈, 正二郎(監修)、学習研究社、1977年、99頁。
英文
- Alt, Joscha A.; Lakes-Harlan, Reinhard (2018). “Sensing of Substrate Vibrations in the Adult Cicada Okanagana rimosa (Hemiptera: Cicadidae)”. Journal of Insect Science 18 (3). doi:10.1093/jisesa/iey029.
外部リンク
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